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2008年04月02日 11:40

そういえば昨日寝る前に書くの忘れてた。

さて、今日から3日間有給なんでゆっくりできる。

とりあえず・・・



風邪治さないと(´・ω・)

↓今日(昨日4月1日)は何の日?かをぐぐってみた。
エイプリルフール、目の日、めがね供養、トレーニングの日(ミズノ1994)
新年度スタート、省エネルギーの日(毎月)

▲タイムズ紙で世界初めての天気予報(1875)
▲ロールス・ロイス誕生(1904)
▲宝塚少女歌劇第一回公演(1914)
▲北海道帝国大学設置(1918)
▲崎陽軒のシュウマイ発売開始。1箱50銭(1928)

崎陽軒すげぇw


  ヨーロッパでは3月25日が新年で、4月1日まで春の祭りがありました。
 1564(永禄7)年、フランスの国王シャルル9世が1月1日を新年の始まりにしたため、4月1日を「ウソの新年」として祝ったことが由来といわれています。


【うそに関する昔話】
ある村に、イェジーじいさんというおじいさんが、まごたちといっしょにくらしていました。
 とてもまごをかわいがる、いいおじいさんでしたが、ただこまったことに、ほら(→うそ)をふくくせがあって、いつもでたらめばかりいっていました。
「わしは、こんなびんぼうぐらしをしてはいるが、いつでも大金もちになれるんだ。というのも、サヤエンドウじいさんという魔法つかいがいてな、わしのいいつけならなんでも聞いてくれるからさ」
 もちろん、それはおじいさんのでまかせでした。
 でも、村の人たちになんどもこういっていばっているうちに、ほんとうにサヤエンドウじいさんがいるような気がしてきました。
 さて、ある日のこと、イェジーじいさんは畑の番をたのまれました。
「おい、みんなすごいだろう。ちょっと番をしてやるだけで、あげまんじゅうと、スイカと、上等のハムがもらえるんだぞ」
 イェジーじいさんは、さっそくいばりましたが、けれどもおじいさんが本当にもらったのは、小さなキャべツが三つきりでした。
「やれやれ、まごたちが腹をすかせてまってるのに、これじゃなんのたしにもならん。こまった、こまった」
 おじいさんは頭をかかえて、畑のあぜにすわりこみました。
 そのとき、おじいさんはハッと思いだしました。
「そうだ! サヤエンドウじいさんにたのめばいい」
 イェジーじいさんは、大声でさけびました。
♪サヤエンドウじいさん、
♪きておくれ、
♪しあわせを持って、きておくれ。
 もちろん、サヤエンドウじいさんなんて、イェージーじいさんのほらだったのですが、不思議なことにエンドウの花がゆらっとゆれて、小人のおじいさんがとびだしてきたのです。
 豆色のうわぎをきて、サヤエンドウのぼうしをかぶっています。
 イェジーじいさんが考えていた、サヤエンドウじいさんにそっくりでした。
「わしが、サヤエンドウじいさんだ。なんなりとのぞみをかなえてあげよう。しあわせにもしてあげよう」
と、小人はいいました。
「だが、もう二どとうそをついてはいけないよ」
「わしが、うそなんかつくものかね」
と、イェジーじいさんはつぶやきました。
「さあ、それではしあわせをさがしにでかけよう。まごのことは心配しなくていい。近所の人がせわをしてくれるから」
 イェジーじいさんは、小人のサヤエンドウじいさんにつれられて旅にでかけました。
 小人は、コムギで焼いたもちを持っていきました。
 ふたりは、野をこえ山をこえて旅をつづけました。
 そのうちに、焼いたもちはだんだんヘって、あと二つきりになりました。
「こんやはがまんして、朝までのこしておこう」
 サヤエンドウじいさんは、そういってねました。
 でも、イェジーじいさんはおなかがすいてねむれません。
 とうとう、夜なかにそっとおきだして、焼いたもちを一つたべてしまいました。
 よく朝、サヤエンドウじいさんはイェジーじいさんに聞きました。
「おや? ゆうべ、たしかにもちは二つあった。・・・さては、おまえさんが一つたべてしまったんだね。正直にいってくれ」
「とんでもない! たベやしないよ。おまえは自分がたべておいて、うそをついているんだろう!」
「・・・やれやれ」
小人は、ため息をつきました。
 でも、なんにもいわずにのこったもちを二つにわって、イェジーじいさんにもわけてやりました。
 ふたりはまた、旅をつづけました。
 しばらくして、大きな村につきました。
 サヤエンドウじいさんはイェジーじいさんをのこして、たべものをさがしにでかけました。
 イェジーじいさんは村の人たちと話をしていましたが、そのうちに、いつものようにでまかせをいいはじめました。
「オホン! わしは火の中にだってとびこむことができる。火事のときにはいつも火をくぐって、財産をたすけだしてやるんだ。あつくもなんともない。火事だって消してやるのさ」
 村の人たちはすっかりかんしんして、お酒や肉だんごをごちそうしました。
 そのとき、だれかが大声でさけびました。
「火事だー! 火事だー!」
 さあ、あたりは大さわぎになりました。
 火事になった家の主人は、さっそくイェジーじいさんにすがりつきました。
「どうぞ、おたすけください。火事を消してください。だいじな財産を持ちだしてください」
 そんなことをいわれてもできません。
 イェジーじいさんは、ただオロオロして、まわりをうろつきまわるだけです。
 そのうちに、村の人たちはおこりだしました。
「どうしたんだ! さっきの話は、うそだったのか?!」
「うそなものかね、見ているがいい」
 こうなれば、しかたがありません。
 おじいさんは思いきって、火の中へとびこみました。
 でも、とびこみはしましたが、どうすることもできません。
 いまにも、焼け死にそうです。
 おじいさんは、夢中でさけびました。
「サヤエンドウじいさん、たすけてくれえ!」
 するとたちまち、サヤエンドウじいさんが大きなじょうろを持ってやってきました。
「イェジーじいさん、たすけてやろう。だがそのまえに、ほんとうのことをいいなさい。もちをたベなかったとか、火事を消せるとか、うそをついたろう」
 イェジーじいさんは、そんなことをうちあけるくらいなら、焼け死んだほうがましだと、思いました。
「いいや、たベたりしない。おまえがたべたんだろう。火事を消せるなんて、いったおぼえもない」
「・・・やれやれ」
 サヤエンドウじいさんは大きなため息をつくと、じょうろの水を火にかけました。
 火はたちまち消えて、イェジーじいさんはたすかりました。
 さて、ふたりはまた、森をこえ山をこえて旅をつづけ、やがてひろい川のそばにやってきました。
 川のむこうの丘の上に、美しい町が見えました。
 サヤエンドウじいさんは、その町をさしていいました。
「あの町でしあわせが見つかるだろう。だが、ほらをふいたりうそをつくと、とんでもないさいなんがふりかかってくるからな」
「だいじょうぶ。うそなんかつくものか。やくそくするよ」
と、イェジーじいさんはやくそくしました。
 ところが、サヤエンドウじいさんが昼ねをしているまに、川岸で遊んでいた子どもたちを集めて、もう、ほらをふきはじめました。
「わしは、もぐりの名人だ。一日じゅうだって、水の中にもぐって泳ぐことができるんだよ」
 こういいながら、川にかかった小さな橋の上で、泳ぐまねをして見せました。
 ところがそのとたんに、橋がボキンとおれてしまい、おじいさんは川へまっさかさまに落ちてしまいました。
 イェジーじいさんは、ほんとうは、すこしも泳ぐことができないのです。
 たちまち流されて、おぼれそうになりました。
 おじいさんは、死にものぐるいでさけびます。
「サヤエンドウじいさん、たすけてくれえ!」
 サヤエンドウじいさんは、目をさましてとんでくると、イェジーじいさんの髪の毛をつかんでいいました。
「たすけてやるが、ほんとうのことをいいなさい。もちをたベただろう。ほらも、ふいただろう」
 イェジーじいさんは、いまにも息がとまりそうでしたが、それでも大声でいいはりました。
「もちをたべたのは、おまえだ! わしは、ほらなんかふくものか!」
「・・・やれやれ」
 サヤエンドウじいさんは、ため息をつきました。
 でも、だまってイェジーじいさんをたすけあげると、むこう岸の町へつれていきました。
 町の市場では、ちょうど、この国のおきさきのおふれが読みあげられるところでした。
『おきさきさまお気に入りの、はたおり娘のバーシャとスターシャが、頭もあがらないおもい病気。おきさきさまは、たいヘんなお悲しみ。ふたりの病気がなおらなければ、新しいきものをおめしになれない。そこでおきさきさまは、おふれをだされた。ふたりの病気をなおしたものには、金貨を山ほどくださると。だが、もしうまくいかないときは、首きり役人にひきわたす』
 サヤエンドウじいさんは、イェジーじいさんをご殿につれていきました。
 王さまの前ヘでると、サヤエンドウじいさんはこういいました。
「わたくしが、はたおり娘の病気をなおしましょう。ただ、ひとりずつでなくてはこまります。まずバーシャをなおし、それからスターシャをなおしましょう」
 王さまは、承知しました。
 サヤエンドウじいさんは、にえ湯をいれたカマと、氷水をいれたカマを用意させました。
 それから、ハチミツのツボと、クリームのツボと、豆をひと袋持ってこさせました。
 すっかりしたくができあがると、死んだようになっているバーシャがはこばれてきました。
 サヤエンドウじいさんは、
「イェジーじいさん。ヘやの戸をしめてくれ。だれもいれちゃいけないよ」
と、いいつけました。
 戸がしまると、サヤエンドウじいさんはバーシャのからだじゅうに、ハチミツとクリームをぬりつけました。
 そして、豆を二つのカマにばらまきました。
 それからバーシャを、さいしょはにえ湯の中につけ、つぎには氷水の中につけて、息を三度ふきかけました。
 するとバーシャは、たちまち元気になり、すぐにとびおきて、美しいレース糸をおりはじめました。
「きょうはこれでいい。スターシャをなおすのは、あすにしよう」
 サヤエンドウじいさんは、そういってどこかヘでていきました。
 さて、バーシャがはたをおる音を聞きつけて、ご殿じゅうの人が集まってきました。
 王さまとおきさきもビックリです。
「まあ、バーシャ。いったいどうしてそんなに元気になったの」
 バーシャがこたえるまもなく、イェジーじいさんがすすみでてはなしだしました。
「王さま、おきさきさま。バーシャをなおしたのはこのわたくしでございます。あの小人は、ただのてつだいなんでございます。スターシャだって、かんたんになおしてみせますよ」
 これを聞いたおきさきは、すぐにスターシャの病気もなおすように、イェジーじいさんにいいつけました。
 おきさきは、はやく新しいきものがきたかったのです。
 イェジーじいさんはこまりましたが、でもしかたがありません。
 にえ湯のカマと、氷水のカマと、ハチミツのツボと、クリームのツボと、豆をひと袋用意させました。
 そこへ、スターシャがはこばれてきました。
 イェジーじいさんはヘやの戸をしめると、サヤエンドウじいさんのしたとおり、豆をカマにまき、スターシャにハチミツとクリームをぬりつけました。
 ところが、にえ湯につけたとたん、スターシャはものすごい声をだしました。
 あわてて氷水につけると、もっとものすごいさけび声をあげました。
「たすけてぇー!」
 王さまや、おきさきさまが、かけつけてきました。
 見ると、ハチミツとクリームをベッタリからだにつけたスターシャが、いまにも死にそうなようすです。
 イェジーじいさんは、汗をたらたら流しながら、スターシャにいっしょうけんめい息をふきかけています。
 王さまとおきさきはおこって、イェジーじいさんの首をはねるようにいいつけました。
 そしてとうとう、イェジーじいさんは首きり台の前につれていかれました。
 イェジーじいさんは、なきなきさけびました。
「サヤエンドウじいさん、どこへ、いってしまったんだ。たすけてくれ、たすけてくれ」
 するとたちまち、サヤエンドウじいさんがすがたをあらわしました。
「もちをたべたと、正直にいうかね? ほらをふいたと、正直にいうかね?」
「もちをたべたのは、おまえだ! わしは、ほらなんかふくものか!」
と、おじいさんはいいはりました。
「・・・やれやれ」
 サヤエンドウじいさんは、ため息をつきました。
 でも、王さまにイェジーじいさんの命をたすけてやってくださいと、たのんで、スターシャの病気をなおしました。
 王さまとおきさきは、やくそくどおり金貨の山を、サヤエンドウじいさんにわたしました。
 サヤエンドウじいさんは、船のように大きな豆のさやに、イェジーじいさんと金貨を乗せると、魔法のことばをとなえました。
 すると船は、矢のように空をとんで、イェジーじいさんがはじめてサヤエンドウじいさんにであった畑につきました。
「さあ、この金貨を持っていくがいい。これでおわかれだが、たすけのほしいときは、いつでもいってあげよう。だが、うそをついているうちはたすけてやらないよ」
 イェジーじいさんは、サヤエンドウじいさんにいくどもお礼をいって、まごたちのいる村へ帰っていきました。
 村の近くまでいくと、むこうに赤いうわぎをきたまごが立っていました。
 おじいさんは、いそいでかけよろうとしました。
と、そのときです。
 とつぜん、おそろしい地ひびきをたてて、小山のようなあばれウシが走ってきました。
 ウシは、赤いうわぎをきたまごをめがけて、おそいかかろうとしました。
「サヤエンドウじいさん。たすけてくれ!」
 イェジーじいさんは、大声でよびました。
 サヤエンドウじいさんは、またたくまにあらわれました。
「もちをたべたと、正直にいうかね?」
「たべた! たしかに、わしがたべた! ほらをふいたことをゆるしてくれ! もう、金貨もなにもいらない! おねがいだ! まごをたすけてやってくれ!」
 それを聞くと、サヤエンドウじいさんはニッコリ笑って、ウシをシラカバの木にかえてしまいました。
 それからはイェジーじいさんは、もう二度とほらをふかずに、しあわせにくらしたということです。




4月1日 エイプリルフール



 罪のないウソをついても、かまわない日といわれています。

※ 人をだますウソはダメですよ。

  ヨーロッパでは3月25日が新年で、4月1日まで春の祭りがありました。
 1564(永禄7)年、フランスの国王シャルル9世が1月1日を新年の始まりにしたため、4月1日を「ウソの新年」として祝ったことが由来といわれています。




うそに関する昔話
(ポーランドの昔話 →国情報)

サヤエンドウじいさん
福娘童話集より



 ある村に、イェジーじいさんというおじいさんが、まごたちといっしょにくらしていました。
 とてもまごをかわいがる、いいおじいさんでしたが、ただこまったことに、ほら(→うそ)をふくくせがあって、いつもでたらめばかりいっていました。
「わしは、こんなびんぼうぐらしをしてはいるが、いつでも大金もちになれるんだ。というのも、サヤエンドウじいさんという魔法つかいがいてな、わしのいいつけならなんでも聞いてくれるからさ」
 もちろん、それはおじいさんのでまかせでした。
 でも、村の人たちになんどもこういっていばっているうちに、ほんとうにサヤエンドウじいさんがいるような気がしてきました。
 さて、ある日のこと、イェジーじいさんは畑の番をたのまれました。
「おい、みんなすごいだろう。ちょっと番をしてやるだけで、あげまんじゅうと、スイカと、上等のハムがもらえるんだぞ」
 イェジーじいさんは、さっそくいばりましたが、けれどもおじいさんが本当にもらったのは、小さなキャべツが三つきりでした。
「やれやれ、まごたちが腹をすかせてまってるのに、これじゃなんのたしにもならん。こまった、こまった」
 おじいさんは頭をかかえて、畑のあぜにすわりこみました。
 そのとき、おじいさんはハッと思いだしました。
「そうだ! サヤエンドウじいさんにたのめばいい」
 イェジーじいさんは、大声でさけびました。
♪サヤエンドウじいさん、
♪きておくれ、
♪しあわせを持って、きておくれ。
 もちろん、サヤエンドウじいさんなんて、イェージーじいさんのほらだったのですが、不思議なことにエンドウの花がゆらっとゆれて、小人のおじいさんがとびだしてきたのです。
 豆色のうわぎをきて、サヤエンドウのぼうしをかぶっています。
 イェジーじいさんが考えていた、サヤエンドウじいさんにそっくりでした。
「わしが、サヤエンドウじいさんだ。なんなりとのぞみをかなえてあげよう。しあわせにもしてあげよう」
と、小人はいいました。
「だが、もう二どとうそをついてはいけないよ」
「わしが、うそなんかつくものかね」
と、イェジーじいさんはつぶやきました。
「さあ、それではしあわせをさがしにでかけよう。まごのことは心配しなくていい。近所の人がせわをしてくれるから」
 イェジーじいさんは、小人のサヤエンドウじいさんにつれられて旅にでかけました。
 小人は、コムギで焼いたもちを持っていきました。
 ふたりは、野をこえ山をこえて旅をつづけました。
 そのうちに、焼いたもちはだんだんヘって、あと二つきりになりました。
「こんやはがまんして、朝までのこしておこう」
 サヤエンドウじいさんは、そういってねました。
 でも、イェジーじいさんはおなかがすいてねむれません。
 とうとう、夜なかにそっとおきだして、焼いたもちを一つたべてしまいました。
 よく朝、サヤエンドウじいさんはイェジーじいさんに聞きました。
「おや? ゆうべ、たしかにもちは二つあった。・・・さては、おまえさんが一つたべてしまったんだね。正直にいってくれ」
「とんでもない! たベやしないよ。おまえは自分がたべておいて、うそをついているんだろう!」
「・・・やれやれ」
小人は、ため息をつきました。
 でも、なんにもいわずにのこったもちを二つにわって、イェジーじいさんにもわけてやりました。
 ふたりはまた、旅をつづけました。
 しばらくして、大きな村につきました。
 サヤエンドウじいさんはイェジーじいさんをのこして、たべものをさがしにでかけました。
 イェジーじいさんは村の人たちと話をしていましたが、そのうちに、いつものようにでまかせをいいはじめました。
「オホン! わしは火の中にだってとびこむことができる。火事のときにはいつも火をくぐって、財産をたすけだしてやるんだ。あつくもなんともない。火事だって消してやるのさ」
 村の人たちはすっかりかんしんして、お酒や肉だんごをごちそうしました。
 そのとき、だれかが大声でさけびました。
「火事だー! 火事だー!」
 さあ、あたりは大さわぎになりました。
 火事になった家の主人は、さっそくイェジーじいさんにすがりつきました。
「どうぞ、おたすけください。火事を消してください。だいじな財産を持ちだしてください」
 そんなことをいわれてもできません。
 イェジーじいさんは、ただオロオロして、まわりをうろつきまわるだけです。
 そのうちに、村の人たちはおこりだしました。
「どうしたんだ! さっきの話は、うそだったのか?!」
「うそなものかね、見ているがいい」
 こうなれば、しかたがありません。
 おじいさんは思いきって、火の中へとびこみました。
 でも、とびこみはしましたが、どうすることもできません。
 いまにも、焼け死にそうです。
 おじいさんは、夢中でさけびました。
「サヤエンドウじいさん、たすけてくれえ!」
 するとたちまち、サヤエンドウじいさんが大きなじょうろを持ってやってきました。
「イェジーじいさん、たすけてやろう。だがそのまえに、ほんとうのことをいいなさい。もちをたベなかったとか、火事を消せるとか、うそをついたろう」
 イェジーじいさんは、そんなことをうちあけるくらいなら、焼け死んだほうがましだと、思いました。
「いいや、たベたりしない。おまえがたべたんだろう。火事を消せるなんて、いったおぼえもない」
「・・・やれやれ」
 サヤエンドウじいさんは大きなため息をつくと、じょうろの水を火にかけました。
 火はたちまち消えて、イェジーじいさんはたすかりました。
 さて、ふたりはまた、森をこえ山をこえて旅をつづけ、やがてひろい川のそばにやってきました。
 川のむこうの丘の上に、美しい町が見えました。
 サヤエンドウじいさんは、その町をさしていいました。
「あの町でしあわせが見つかるだろう。だが、ほらをふいたりうそをつくと、とんでもないさいなんがふりかかってくるからな」
「だいじょうぶ。うそなんかつくものか。やくそくするよ」
と、イェジーじいさんはやくそくしました。
 ところが、サヤエンドウじいさんが昼ねをしているまに、川岸で遊んでいた子どもたちを集めて、もう、ほらをふきはじめました。
「わしは、もぐりの名人だ。一日じゅうだって、水の中にもぐって泳ぐことができるんだよ」
 こういいながら、川にかかった小さな橋の上で、泳ぐまねをして見せました。
 ところがそのとたんに、橋がボキンとおれてしまい、おじいさんは川へまっさかさまに落ちてしまいました。
 イェジーじいさんは、ほんとうは、すこしも泳ぐことができないのです。
 たちまち流されて、おぼれそうになりました。
 おじいさんは、死にものぐるいでさけびます。
「サヤエンドウじいさん、たすけてくれえ!」
 サヤエンドウじいさんは、目をさましてとんでくると、イェジーじいさんの髪の毛をつかんでいいました。
「たすけてやるが、ほんとうのことをいいなさい。もちをたベただろう。ほらも、ふいただろう」
 イェジーじいさんは、いまにも息がとまりそうでしたが、それでも大声でいいはりました。
「もちをたべたのは、おまえだ! わしは、ほらなんかふくものか!」
「・・・やれやれ」
 サヤエンドウじいさんは、ため息をつきました。
 でも、だまってイェジーじいさんをたすけあげると、むこう岸の町へつれていきました。
 町の市場では、ちょうど、この国のおきさきのおふれが読みあげられるところでした。
『おきさきさまお気に入りの、はたおり娘のバーシャとスターシャが、頭もあがらないおもい病気。おきさきさまは、たいヘんなお悲しみ。ふたりの病気がなおらなければ、新しいきものをおめしになれない。そこでおきさきさまは、おふれをだされた。ふたりの病気をなおしたものには、金貨を山ほどくださると。だが、もしうまくいかないときは、首きり役人にひきわたす』
 サヤエンドウじいさんは、イェジーじいさんをご殿につれていきました。
 王さまの前ヘでると、サヤエンドウじいさんはこういいました。
「わたくしが、はたおり娘の病気をなおしましょう。ただ、ひとりずつでなくてはこまります。まずバーシャをなおし、それからスターシャをなおしましょう」
 王さまは、承知しました。
 サヤエンドウじいさんは、にえ湯をいれたカマと、氷水をいれたカマを用意させました。
 それから、ハチミツのツボと、クリームのツボと、豆をひと袋持ってこさせました。
 すっかりしたくができあがると、死んだようになっているバーシャがはこばれてきました。
 サヤエンドウじいさんは、
「イェジーじいさん。ヘやの戸をしめてくれ。だれもいれちゃいけないよ」
と、いいつけました。
 戸がしまると、サヤエンドウじいさんはバーシャのからだじゅうに、ハチミツとクリームをぬりつけました。
 そして、豆を二つのカマにばらまきました。
 それからバーシャを、さいしょはにえ湯の中につけ、つぎには氷水の中につけて、息を三度ふきかけました。
 するとバーシャは、たちまち元気になり、すぐにとびおきて、美しいレース糸をおりはじめました。
「きょうはこれでいい。スターシャをなおすのは、あすにしよう」
 サヤエンドウじいさんは、そういってどこかヘでていきました。
 さて、バーシャがはたをおる音を聞きつけて、ご殿じゅうの人が集まってきました。
 王さまとおきさきもビックリです。
「まあ、バーシャ。いったいどうしてそんなに元気になったの」
 バーシャがこたえるまもなく、イェジーじいさんがすすみでてはなしだしました。
「王さま、おきさきさま。バーシャをなおしたのはこのわたくしでございます。あの小人は、ただのてつだいなんでございます。スターシャだって、かんたんになおしてみせますよ」
 これを聞いたおきさきは、すぐにスターシャの病気もなおすように、イェジーじいさんにいいつけました。
 おきさきは、はやく新しいきものがきたかったのです。
 イェジーじいさんはこまりましたが、でもしかたがありません。
 にえ湯のカマと、氷水のカマと、ハチミツのツボと、クリームのツボと、豆をひと袋用意させました。
 そこへ、スターシャがはこばれてきました。
 イェジーじいさんはヘやの戸をしめると、サヤエンドウじいさんのしたとおり、豆をカマにまき、スターシャにハチミツとクリームをぬりつけました。
 ところが、にえ湯につけたとたん、スターシャはものすごい声をだしました。
 あわてて氷水につけると、もっとものすごいさけび声をあげました。
「たすけてぇー!」
 王さまや、おきさきさまが、かけつけてきました。
 見ると、ハチミツとクリームをベッタリからだにつけたスターシャが、いまにも死にそうなようすです。
 イェジーじいさんは、汗をたらたら流しながら、スターシャにいっしょうけんめい息をふきかけています。
 王さまとおきさきはおこって、イェジーじいさんの首をはねるようにいいつけました。
 そしてとうとう、イェジーじいさんは首きり台の前につれていかれました。
 イェジーじいさんは、なきなきさけびました。
「サヤエンドウじいさん、どこへ、いってしまったんだ。たすけてくれ、たすけてくれ」
 するとたちまち、サヤエンドウじいさんがすがたをあらわしました。
「もちをたべたと、正直にいうかね? ほらをふいたと、正直にいうかね?」
「もちをたべたのは、おまえだ! わしは、ほらなんかふくものか!」
と、おじいさんはいいはりました。
「・・・やれやれ」
 サヤエンドウじいさんは、ため息をつきました。
 でも、王さまにイェジーじいさんの命をたすけてやってくださいと、たのんで、スターシャの病気をなおしました。
 王さまとおきさきは、やくそくどおり金貨の山を、サヤエンドウじいさんにわたしました。
 サヤエンドウじいさんは、船のように大きな豆のさやに、イェジーじいさんと金貨を乗せると、魔法のことばをとなえました。
 すると船は、矢のように空をとんで、イェジーじいさんがはじめてサヤエンドウじいさんにであった畑につきました。
「さあ、この金貨を持っていくがいい。これでおわかれだが、たすけのほしいときは、いつでもいってあげよう。だが、うそをついているうちはたすけてやらないよ」
 イェジーじいさんは、サヤエンドウじいさんにいくどもお礼をいって、まごたちのいる村へ帰っていきました。
 村の近くまでいくと、むこうに赤いうわぎをきたまごが立っていました。
 おじいさんは、いそいでかけよろうとしました。
と、そのときです。
 とつぜん、おそろしい地ひびきをたてて、小山のようなあばれウシが走ってきました。
 ウシは、赤いうわぎをきたまごをめがけて、おそいかかろうとしました。
「サヤエンドウじいさん。たすけてくれ!」
 イェジーじいさんは、大声でよびました。
 サヤエンドウじいさんは、またたくまにあらわれました。
「もちをたべたと、正直にいうかね?」
「たべた! たしかに、わしがたべた! ほらをふいたことをゆるしてくれ! もう、金貨もなにもいらない! おねがいだ! まごをたすけてやってくれ!」
 それを聞くと、サヤエンドウじいさんはニッコリ笑って、ウシをシラカバの木にかえてしまいました。
 それからはイェジーじいさんは、もう二度とほらをふかずに、しあわせにくらしたということです。

おしまい。


その他の記念日


新学年
学年度始めの日。
4月1日から翌年の3月31日を「年度」として括ります。
元々日本では、特に入学の時期は定められておらず、年中入学可となっているのが普通でした。
1886(明治19)年10月に、高等師範学校が学年暦を4月1日からと定め、1888(明治21)年から全国一斉にこれにならうようになりました。
ただし、大学や高等学校では欧米の習慣に合わせて9月に新学期を始めていました。

新会計年度
4月1日から翌年の3月31日を「年度」として括ります。
江戸時代までは、暦年とは別の「年度」というものはなく、1月から12月までで会計を行っていました。
しかし、明治維新の後、政府の財政が苦しく、暦年と合わせることができなくなって「年度」が作られました。
その為、当初は年度の始期が頻繁に変えられました。
1886(明治19)年に、現在の4月から翌年3月までとなりました。

トレーニングの日
スポーツ用品メーカー・ミズノの直営店・エスポートミズノが1994(平成6)年に制定。
年度始めからトレーニングを始めようという日。

児童福祉法記念日
1948(昭和23)年、「児童福祉法」が全面施行されました。

売春防止法施行記念日
1957(昭和32)年、「売春防止法」が施行されました。


他にもいろいろあったけどもうやめておく(ぁ

1日が黒歴史だと思った瞬間
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